Get to know Crime Novel Under Rain

ミステリについて書き散らすブログ

誰かにとっての「あの頃」を描く作家|日影丈吉『女の家』(1961年)

記念すべき弊ブログ1発目のレビューは、最近復刊されたばかりの日影丈吉の逸品から始めることにした。

 

日影丈吉は言わずと知れた短編ミステリの名手だけど、子供の頃はシムノンやルルーの翻訳者という印象が強く、大人になるまで彼のミステリを読んだことがなかった。

 

ある時ふと手に取ったのが河出文庫から出ている日影丈吉傑作館』だったのだが、とにかくこれにやられてしまった。日本の短編ミステリのオールタイムベストでもよく見かける「かなむぎうた」や「泥汽車」、『内部の真実』などの台湾を舞台にした一連の作品群の中でも代表作の一つである「消えた家」など、収録作はどれも凄いんだけど、個人的に特にぶっ刺さったのが「吉備津の釜」である。

 

www.amazon.co.jp

吉備津の釜は味わい深く、そして読後に忍び寄る恐ろしさが癖になる作品だ。主人公の冴えない中年男である洲ノ木は、自分の事業に失敗してしまい途方に暮れていたが、とある飲み屋で知り合った胡散臭い男、川本から資産家の山崎という男を紹介してもらえることとなり、うますぎる話に不安を持ちつつも資金繰りに困っていた洲ノ木は藁にもすがる思いで融資を頼もうとする。その時たまたま乗った水上バスで見かけた男が以前向島に住んでいた際に近所の防護団でしばしば顔を合わせていた祈祷師に似ていたことから、かつて祈祷師から聞かされた不思議な話をふと思い出し、そこから自分に降りかかりつつある災難がいったいどのようなものであるのかに気づくのだった・・・

という折口信夫を読んでいるかのような民俗風味と、乱歩が狂喜乱舞しそうな「奇妙な味」が混然一体となった味わい深い短編ミステリである。「吉備津の釜」にまつわる長閑な民話と、切れ味鋭いラストのギャップはなんとも言えない強烈な印象を残してくれる(個人的には「かなむぎうた」よりもこちらの方が上)。

 

というわけで、「吉備津の釜」を読んでから慌てて日影丈吉のミステリを探して回るようになったのだ(まぁ日影丈吉全集も出ているんだけど、1冊1万円を超えているから貧乏人には買えなかった)。

 

さて、本題の『女の家』である。物語は新年早々の銀座を舞台に幕を開ける。ある妾(今の時代、もはや死語みたいなワードだ)が自宅でガス中毒死したという事件が所轄の小柴巡査と鵜館巡査の元に舞い込み、鑑識の宮尾とともに被害者の折竹雪枝の自宅に向かう。雪枝は大手素原料会社(「素原料」とは恐らく「粗原料」のことと思われる)の雇われ社長保倉信三の妾であり、信三との間には11歳の息子、幸嗣をもうけていた。

 

f:id:MisuMani:20210109113003j:plain

『女の家』徳間文庫版(左)と中公文庫版(右)

現場を見るまでは単なるガスの漏出事故とみていた一向であるが、ストーブと雪枝の死体の位置が離れていることなどから、自殺もしくは他殺ではないかとみて捜査に乗り出す。

捜査の結果、雪枝はいわゆるうつ病を患っていたことが判明し自殺の線が濃くなる一方で、クビになった後も雪枝宅に出入りしている家庭教師の祖生武志など怪しい容疑者も浮上し、他殺の線もぬぐいきれないまま捜査は暗礁に乗り上げてしまう。

物語は主人公の小柴の視点で書かれたパートと、雪枝宅の女中、大沢乃婦(のぶ)の視点で書かれたパートが交互に続くため、読者にとっても事件の見え方が混沌としてくるが、両者のパートともに共通してある種の「沈んだグレーなトーン」が通底しているためか、物語の世界観に思わず引き込まれてしまう。この辺り、日影丈吉の面目躍如といった感じだ。

また雰囲気作りだけでなく、マッチ箱にまつわる推理などは隠し味(そんなに隠れてないけど)みたいに効いていてとても好ましい。なんというか美味しい。

個人的には日影丈吉の長編代表作とされる『真っ赤な子犬』や『内部の真実』よりもこちらの方が好きかもしれないな〜

この調子で日影丈吉作品の(文庫での)再刊・復刊が続くことを祈念しております🙏

 

https://www.amazon.co.jp/%E5%A5%B3%E3%81%AE%E5%AE%B6-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%97%A5%E5%BD%B1-%E4%B8%88%E5%90%89/dp/4122069378/ref=sr_1_2?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E6%97%A5%E5%BD%B1%E4%B8%88%E5%90%89&qid=1610163938&sr=8-2