Get to know Crime Novel Under Rain

ミステリについて書き散らすブログ

「共感」の時代のノワール作家|S. A. コスビー『頬に哀しみを刻め』(2021年)

久しぶりのエントリとなってしまった。筆無精にとってはデジタルも紙も変わらないということか。改めて反省しつつ、最近読んだ本の感想を適宜アップしていこうと思う。

 

最近よくチェックしているのがハーパーBOOKSである。早川や創元、文春といった大手老舗出版社に比べれば地味なレーベルかもしれないが、海外ミステリが好きな方であればとりあえず注目しておいて損はない。例えば昨年の新刊リストを眺めてみると、ビターな味わいの中に救いのある世界観を描き切った新時代のノワールコスビー『黒き荒野の果て』や、フランスの新本格派とでもいうべき凝りに凝った舞台設定と犯人像が楽しめるミニエ『姉妹殺し』、説明不要のエンタメ・ハードパンチャーが手がける新たなマフィア大河小説シリーズの第1作であるウィンズロウ『業火の市』といった、なかなかのハイレベルなラインナップなのである。その他の作品も(全部は読んでいないが)いずれも世評は悪くない様子。2022年度「このレーベルがすごい」はハーパーBOOKSで決まりだろう(話は逸れるが、個人的には「このレーベルがひどい」の方が盛り上がりそうなので誰かに是非やってほしい)。

 

そんな今をときめくハーパーBOOKSから前述したコスビーの第2作『頬に哀しみを刻め』がリリースされたので、いても立ってもいられずに早速読んでみた。

 

honto.jp

 

本作も前作同様に「かつて犯罪を犯したもののその後更生の道を歩んでいたらやんごとなき事情により再び犯罪行為に加担せざるを得なくなった主人公」モノである。そんな可哀想な主人公アイクはかつて殺人を犯しながらも出所後は庭園管理の会社を立ち上げるなど順調に社会復帰を果たした黒人。しかし、息子のアイザイアはいわゆるゲイであり、白人のパートナー、デレクとの結婚をきっかけに親子の関係は崩壊してしまっていた。そんなある日アイザイアとデレクは何者かに殺されてしまう。警察の捜査も虚しく犯人の手がかりは掴めないのだが、事件から2ヶ月ほどたったある日、デレクの父バディ・リーがアイクの元を訪れて息子たちの「弔い合戦」をやらないかと提案してきた。バディ・リーも息子たちの「結婚」には猛烈に反発しており、アイクとも当然疎遠なままだった。加えて人種の違いや社会的ステータスの違いからくるアイクへの偏見を隠そうとしないバディ・リーに対してアイクも心を開くことはできず、アイクはバディ・リーからの申し出には気乗りせずにいた。ところが、ある日息子たちの墓が何者かに荒らされているのを知ったアイクは、一転してバディ・リーとタッグを組み、杳として手がかりの得られない犯人を自分たちの手で見つけ復讐することを誓うのだったが、その行手にはギャングやバイカー集団たちが現れ、血みどろの戦いに巻き込まれるのだった・・・

 

というわけで、いかにも正統派のノワールでありクライムノベルであるが、本作の優れているポイントは大きく3つあると思う。

  1. 今っぽい社会的断絶が物語の根幹に織り込まれている
  2. いくつかの「意外性」がリーダビリティを高めている
  3. ラストは甘すぎず苦すぎず

1については、昨今巷間で話題に上がるLGBTQの問題であるが、現代アメリカでもやはり世代間では受け取り方が異なるのだろう。当然アイクやバディ・リーの世代としては、息子がLGBTQであるということは率直に言って「がっかりポイント」となるのは分かる気もする。とはいえアイザイアやデレクのようなZ世代にとってはいわば「ノーマル」なことであり、そんな世代間のギャップが登場人物たちを通じて描かれている。加えて、人種間の断絶も古くて新しい問題として本作でも描かれており、いわゆる「レッドネック」(「アメリカ合衆国南部アパラチア山脈周辺などの農村部に住む、保守的な貧困白人層を指す用語。職業は肉体労働者や零細農家が多い(Wikipediaより抜粋))であるバディ・リーが、黒人のアイクに対して偏見のこもった眼差しをむけている様がはっきりと描かれている。そんな二人が徐々に互いを理解していきながらバディとして立ち向かっていく様は、ベタではあるがとても力強いものである。

2についても、ネタバレになるので詳細は避けるが、いくつか予想もしていないところで意外な事実が明かされるため、メリハリが効いていてページを捲りやすく感じた。この辺りのストーリーテリングは前作よりも明らかに上達している。そして3については前作と同様と言えるが、ここは賛否が分かれるところかもしれない。雑に書くとノワールとはもっと救いのない話であるべき」といった見方もあると思われる。そのような意見があることも踏まえつつ、個人的にはコスビーが描く「救いのある結末」というのは今の時代の空気感にフィットしているように感じる。「コスビーノワール=ぺこぱの漫才」なのだ。

 

ananweb.jp

 

と言うわけで、本作は爆走アクション小説の前作よりもずっと良い出来栄えだと思う。間違いなく年末のランキングにも入ってくるべき作品だろう(出版された時期が早いのが気がかりだが)。海外ミステリファン必読の注目作である。