Get to know Crime Novel Under Rain

ミステリについて書き散らすブログ

お客さんを選ばせてもらっています|ミシェル・エルベール&ウジェーヌ・ヴィル『禁じられた館』(1932年)

※途中で本作のトリックに触れている箇所があります

 

筆者がミステリ沼に沈められたきっかけはポプラ社から出ていたアルセーヌ・ルパンシリーズの1冊『ピラミッドの秘密』という本である。エジプトのピラミッドを舞台に怪盗ルパンが大暴れ、悪い大僧官に何度もやられかけるも最後はやっつけてめでたしめでたしというゴキゲンなストーリー(©︎瀬戸川猛資)なのだが、こんなに面白い本が世の中にあるのかとびっくりしてしまった*1。そのままルパン、ホームズ、クイーン(まさにゴールデンルートだ)と読み進んでいったのだが、そんなある日に図書館で出会った国書刊行会のシリーズ「世界探偵小説全集」のせいで、本格的にクラシックミステリにのめり込んでしまうことになった。

 

その「世界探偵小説全集」に収録されていたレオ・ブルースの翻訳を担当された小林晋さんは、この世界では知らなければモグリと言われかねない神様のような人である。その小林さんが新たに発掘したとんでもないクラシックミステリがシェル・エルベール&ウジェーヌ・ヴィル『禁じられた館』である。

 

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本作は実業家にして大富豪のヴェルディナージュが、いわくつきの大邸宅、マルシュノワール館に引っ越してくるところから始まる。ヴェルディナージュによる邸宅の購入をめぐっては何者からか脅迫状めいた手紙が再三届いており、また村人たちからも過去に起こった不吉な出来事を聞かされる等、何やら怪しい空気が漂う。そんなある夜に見知らぬ人物が館を訪れ、ヴェルディナージュが「私はここから出ていかないぞ」と言い返す声が聞こえたのちに轟音が響き渡り、すぐさま館に住み込む使用人たちがそれぞれの方向から駆けつけるとヴェルディナージュは頭を撃ち抜かれて死んでいた。そして不可解なことに、現場に至る全ての通路、地下室、玄関はそれぞれ使用人たちが塞いでいたにも関わらず犯人の姿は煙のように消失してしまったのである・・・

 

本作が素晴らしい点は(以下ネタバレにつき注意)密室トリックに読者の注意を惹きつけておきつつ、別のポイントでどんでん返しをかましているところである。

この作者(のいずれか)は、間違いなくガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』を読んでいるはずである。そして、そこで使われているトリック(2つ目のほう)を読んで本作のトリックを思いついたのではないか。『黄色い部屋』を読まれた方には恐らく同じ印象を受けた人も多いはずだ。

しかし、その印象のせいでまんまと本作の罠にハマってしまうのだ。『黄色い部屋』のルールタビーユ少年の活躍が頭の片隅にあれば、まさか(以下ネタバレ)私立探偵のトム・モロウが単なる咬ませ犬だったなんて、そんなことは夢にも思わないではないか。

また、筆者の拙すぎるフランス語力に基づく想像でしかないが、恐らく館の名前「マルシュノワール館」も作者からのメッセージではないだろうか。発音・スペルの似た単語に「marché noir(マルシノワール)」があるが、これはフランス語で「闇取引」の意味であり、作中の登場人物のある行為が事件の背景にあることを考えると館のネーミングには作者の遊び心が反映されているのではないかと思われるが、穿ち過ぎだろうか。

 

そんな黄金時代のケレン味と遊び心を見せてくれる愛おしいまでにクラシックな本作に対して「登場人物の造形が雑」「価値観が古臭い」といったレビューも散見されるが、極めて残念なことである。はっきりいってイチャモンとしか言いようがない。梶井基次郎の小説を読んで「オチが弱い」といっているのと同じだろう。そんなものはここにはないのだ。

 

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いずれにしても、あなたがクラシックミステリファンなのであればネタバレを喰らう前にさっさと手に取ることをお勧めする。本作はクラシックミステリファンに向けた最高の贈り物であるのだから。

 

 

 

 

*1:本作はルブランによるものではく、南洋一郎による二次創作とされている