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ミステリについて書き散らすブログ

エモいミステリ|グレッチェン・マクニール『孤島の十人』(2012年)

ヤングアダルト小説」と呼ばれるジャンルがある。よく略して「YA」と書かれたりするが、「ヤングアダルト」とは一言で言えば「子供と大人の間の世代」を指し、小説のジャンルとしては大体12から18歳くらいを対象としているとされる。昨年の「このミス2023年版」ではホリー・ジャクソン『優等生は殺人に向かない』(5位)やシヴォーン・ダウド『ロンドン・アイの謎』(7位)といったヤングアダルト系ミステリが上位に食い込み、一躍注目を浴びた年でもあった。

 

もちろんそんな極東のミステリマニアの反応に乗っかろうとしている訳ではないだろうが、ヤングアダルト向けにライトなミステリを書き続けているのがレッチェン・マクニールという作家である。そしてマクニールにとっての2作目であり、本邦初紹介となるのが『孤島の十人』である。

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本作のあらすじはこんな感じ。陽キャの高校生たちが休暇を過ごすために、クラスの1軍女子のボス的存在であるジェシカの家族の別荘に滞在するために孤島に集まるのだが、島に着くや否や嵐に見舞われてしまう。そして何気なく再生したDVDには、何者かが恨みを募らせているメッセージをしたためた動画が入っており「復讐はわたしのもの」と宣告されていた。ここまで一向に姿を見せないジェシカも気になりつつ一向は夜を迎えるが、とうとう殺人が発生する。ここから謎の殺人鬼は次々と高校生たちに襲い掛かり、まさにあの古典的名作をなぞるかのように事件が続くが・・・

 

という感じでまさにクリスティを本歌取りしたようなプロットではある。実際に帯にも「そして誰もがいなくなる」とあり、カバー裏にも「『そして誰もいなくなった』の世界に挑んだサスペンスフルなミステリー」などと書いてあれば、もうそれだけで本格ミステリの鬼が小踊りしてしまう人も多いのではないか。しかしながら、本作にクリスティに真っ向からチャレンジした快作!というものを期待すると期待外れに終わるだろう。というのも本作の本質はあくまでも「ドキドキが止まらない怖い話」だからである。学校一のイケメンとのときめきも、イケメンを巡る女友達との鞘当ても、孤島で迫り来る殺人鬼も、全て「ドキドキ」である。作者は読者に対してひたすらドキドキするシーンを畳み掛けるような、そんな小説を書きたかったのかもしれない。

 

恐らくミステリファンの読者の多くは、ヒロインを中心とする陽キャたちの恋バナや三角関係のくだり、そしてそういったロマンス(しかも痴話喧嘩みたいなレベル)にうんざりする人も多いだろう(筆者もその一人だが)。一方で上記の通り作者が書きたかったのはむしろそういったラブコメ的な方にも見える。まぁ他の作品を読んでみないとなんとも言えないが。

 

とはいえ別に本作を腐すつもりはない。むしろミステリオタクとして興味深かったのは、こういうティーンの陽キャたちの恋バナラブコメと伝統的本格ミステリの舞台装置は意外と好相性なのではないかということである。

心理学で「吊り橋効果」なんていうものがあるが、言ってみれば本作は究極の「吊り橋効果」が発揮されているとも言える(殺人鬼が迫り来る危険性は吊り橋の比ではないだろう)。そんなスリルを受けつつヒロインは生き延びることができるのか?そして憧れのイケメンと結ばれるのか?!というお話なのである。実際に読んでいて自分が殺人鬼が迫り来るサスペンスに対してドキドキしているのか、ヒロインと親友と親友が想いをよせるイケメンの三角関係にスリルを感じてドキドキしているのか、途中からよく分からなくなったのも事実である。

 

カバーの紹介によれば作者グレッチェン・マクニールは元々オペラ歌手志望だったらしい。オペラとは登場人物の感情を歌声で表現する芸術だそうだが、本作もまさにオペラを歌い上げるような感覚で筆を進めたようにも見える。なるほど、作者はエモーショナル本格ミステリを描きたかったのだな。納得。