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ミステリについて書き散らすブログ

ミステリの正しいおちょくり方|倉知淳『大雑把かつあやふやな怪盗の予告状』(2023年)

本格ミステリというのは色々と「お約束」のあるジャンルである。ミステリをそれなりに読み進めている人であれば黄金時代を代表する作家ロナルド・A・ノックスが掲げた「ノックスの十戒なるものが存在することをご存知だろう。その十戒の内容は以下の通り。

  1. 犯人は、物語の当初に登場していなければならない。ただしその心の動きが読者に読みとれている人物であってはならない。

  2. 探偵方法に、超自然能力を用いてはならない。

  3. 犯行現場に、秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない。

  4. 未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。

  5. 主要人物として「中国人」を登場させてはならない。

  6. 探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない。

  7. 変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。

  8. 探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない。

  9. ワトスン役は、自分の判断を全て読者に知らせねばならない。また、その知能は、一般読者よりもごくわずかに低くなければならない。

  10. 双子・一人二役は、予め読者に知らされなければならない。

イギリス国教会大司教にまで上り詰めたエリート聖職者でもあったノックスはあくまでもジョークとしてこんなものを作ったらしい。なのでミステリオタクとしてはニヤニヤしながら見ていればよいのだが、こんなジョークができるほど当時から「お約束」についての共通認識みたいなものがあったのだろう。

世の中そんな「お約束」があればそれをおちょくる人もいるわけで、アントニイ・バークリーなんかの作品は「お約束」をおちょくった延長線上で作品を作ってしまっているような感じさえある。バークリーがおちょくり系ミステリ作家の英国代表だとすれば、日本代表に推したいのが倉知淳である。独特の緩い作風の中に読者の予想の斜め上をいく「!」を仕込むことにかけては天才的としか言いようがない作家である。『星降り山荘の殺人』は、ミステリを読み慣れているという自負がある人ほど背負い投げをくらってしまうという恐ろしい作品である(おすすめ)。そしてその倉知淳の新作が大雑把かつあやふやな怪盗の予告状』である(タイトルからし倉知淳っぽさが溢れてますな)。

 

 

本作は警察庁の「特殊例外事案専従捜査課」(通称「探偵課」)という架空の組織を舞台にした連作短編集(短編というよりは中編に近いか)である。「探偵課」は密室殺人や見立て殺人のような、いかにもミステリに出てきそうなシチュエーションで発生した難事件に名探偵を配備すべく作られた組織で、癖のありすぎる名探偵たちと、そのお目付け役として任命された新人、木島壮介が3つのベタな事件に取り組む。収録作品は下記の通り。

  • 「古典的にして中途半端な密室」→密室にて頭を撃たれて死んでいた実業家を巡る事件。しかし、単なる密室ではなく爪楊枝やテグスといったトリックの仕掛けまでそのまま残されてしまっていたのはなぜなのかという謎が提示される。犯人は単なるマヌケだったのか。それとも・・・。
  • 「大雑把かつあやふやな回答の予告状」→田舎の富豪の元に、ブルーサファイアを盗むという自称怪盗からの予告状が舞い込む。しかし、どういうわけか予告状には3つも候補日が書かれていた。単なる愉快犯による悪戯なのか。本物の予告状であるとしたら、なぜ候補日が3つもあるのか。最後に真犯人の意外な狙いが明かされる。本短編集のベスト。
  • 「手間暇かかった判りやすい見立て殺人」→「父のお殿様に膝下を切られて生贄として龍神に捧げられてしまったお姫様」の伝説が残る富士山の辺りにある別荘地で、膝下だけを湖のほとりに残して殺された男の死体が発見される。伝説を地で行くような見立て殺人かと思われたが、その裏には意外な理由が隠されていたことが明らかにされる。

どの作品も「針と糸の密室」や「怪盗の予告状」、「見立て殺人」といった古典的なミステリのギミックを使いながらも悉く読者の予測の裏をかいており、まさにおちょくり系ミステリ作家日本代表に恥じない出来栄えである。特に素晴らしいのは、単なるおちょくりではなくいずれの事件でもそのようなことが起こる必然性があることである。例えば東野圭吾名探偵の掟』という名作がある。この作品もミステリにありがちなお約束を徹底的におちょくった短編集であるが、倉知淳の作品に比べるとどちらかといえばおちょくることが目的化しているきらいがあり、テイストもややブラックな味わいとなっている。一方で本作はしっかりと必然性を担保することで、単なるおちょくりではなく謎解きの純粋な面白さに直結しているという点で上回っているのではないだろうか。また登場する名探偵たちの香ばしいキャラクターも読みどころである。某芸人ではないが「クセがすごい」名探偵のオンパレードで、お目付け役の木島も振り回されっぱなしとなる。具体的にどう「クセがすごい」のかはあえて書かないが、中でも怪盗の到来を待ち構える殺伐とした空気の中で「定時で帰るのは公務員の権利」といって名探偵が帰宅してしまい、残された木島が気まずさの余りあたふたするシーンなどは思わず吹き出してしまった。

本作のラストを見る限りでは倉知淳はまだまだシリーズを書き続けるつもりのようである。読者としては作者の商売っ気をおちょくることなく真摯に受け止めたいところである。ということで続編に期待。