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ミステリについて書き散らすブログ

ダイヤモンドと〈木曜殺人クラブ〉は永遠に|リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』(2022年)

気付けばもう4月も月末となってしまった。2023年も3分の1が過ぎたと思うと時間の経つのは早いものであるが、単にそう感じるほどに歳をとってしまったというだけなのかもしれない。「0歳〜20歳までと20歳〜80歳までに体感する時間は等しい」というジャネーの法則というものがあるくらいだから、誰にとっても人生なんてあっという間なのだろう(実際に体感時間ベースではどれくらいを消化しているのかを計算してくれるサイトもあるらしい(下記リンク先参照))。

人間の体感時間を考慮した人生経過率 - 高精度計算サイト

 

ところで体感時間を伸ばすためには常に新しいことや刺激を受けることがいいらしい。その点では昨年のこのミスでも好評だったリチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』に登場する素人探偵のおじいちゃん、おばあちゃんたちは理想的なライフスタイルを送っているのかもしれない。その『木曜殺人クラブ』の続編が『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』である。

 


本作は前作でも大活躍した〈木曜殺人クラブ〉の面々が活躍するシリーズ第2作である。〈木曜殺人クラブ〉とは、65歳以上向け高級リタイアメントビレッジであるクーパーズ・チェイスに入居する(かなりアクティブな)老人たちが素人探偵活動を行うグループであり、本作でもお馴染みのメンバーたちが登場する。ある日〈木曜殺人クラブ〉の発起人であり元スパイでもあった破天荒おばあちゃんエリザベスの元に、かつて死んだはずの男からの手紙が届く。その男はエリザベスたちの住むクーパーズ・チェイスにやってきたというのだが、訳あってマフィアからダイヤモンドをかっぱらったためにマフィアから命を狙われているのだという。気になってエリザベスはその男に会いに行くと、その正体は意外な人物であった。そして〈木曜殺人クラブ〉の面々は成り行き上やむを得ず、というか嬉々として首を突っ込むのだが、とうとうマフィアの手によって被害者が出てしまい、事件は予想もしない展開を見せるのだった・・・というお話。

 

どちらかといえば本格ミステリ要素が強かった前作と比べると、本作は「007」のようなスパイ小説チックなストーリーであり、前作以上に展開にスピード感があり読みやすい作品に仕上がっている。個人的には本作の方がキャラクターも活きているように感じる。エリザベスとジョイス、ロン、イブラヒムのイツメンたち(大●博子さん、イブラムじゃなくてイブラムなので覚えてあげてください涙)の掛け合いは言うに及ばず、フェアヘイブン警察署の主任警部クリスと、その恋人の娘でありかつフェアヘイブン署の部下でもあるドナとのブラックな掛け合いはもはや夫婦漫才みたいなノリで、作者が楽しんで書いているのが伝わってくる。

 

ミステリの世界においておじいちゃんやおばあちゃんが活躍するストーリーといえば、本書の帯にあるミス・マープルをはじめ、隅の老人などの名探偵たちの名前が思い浮かぶ。またおじいちゃんと少年を主人公にして戦争下での逃避行を描いたネビル・シュート『パイド・パイパー』のような名作の名も挙がるだろう。最近では創元推理文庫で人気を博している高齢者ハードボイルドシリーズの「バック・シャッツシリーズ」や、還暦を過ぎたマフィアの殺し屋オルソが活躍するマルコ・マルターニ『老いた殺し屋の祈り』のしみじみとした味わいも忘れられない。このように「アクティブおじいちゃん・おばあちゃん」ミステリは脈々と書き継がれてきた一大ジャンルと言える。

また素人探偵たちが集まってみんなで難事件の捜査に乗り出す話といえば、英国ミステリ作家の大先輩アントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』のような先例がある。日本の新本格作家なども含めると枚挙にいとまがないし、(漫画ではあるが)江戸川コナンくんシリーズの爆発的な人気は言うまでもない。こちらもやはりミステリにおける一大ジャンルであろう。

このように本作(というかシリーズ)は昔から読み継がれてきたミステリ界における鉄板のフォーマット「アクティブおじいちゃん・おばあちゃん」×「素人探偵団」を組み合わせたストーリーとなっている。要は「この組み合わせで面白くないはずがない」という鉄板のミステリとも言える。もちろん作者のセンスがあるからこそ成り立つやり方であるのは言うまでもない。

マーケティングの世界では「マーケットイン」という考え方がある。これは「売れるもの=マーケットがあるものは何かを特定した上で、そこから逆算してものづくりをする」という考え方である。これとは逆に「とにかくいいモノを作って、頑張って売る」というスタンスは「プロダクトアウト」という。どちらもマーケティングの世界では定石として捉えられているものだが、「木曜殺人クラブ」シリーズの2作品を読む限りではリチャード・オスマンは明確に「マーケットイン」の作家と言えるのではなかろうか。

オスマンはすでに次のシリーズを書いているらしいのだが、本格ミステリ、スパイ小説と来て、果たして次作は何を見せてくれるのだろうか。個人的には「アレ」をやりそうな気がしているのだが。次作も楽しみなシリーズである。