Get to know Crime Novel Under Rain

ミステリについて書き散らすブログ

フィクションとノンフィクションの二刀流|月村了衛『香港警察東京分室』(2023年)

ミステリ好きというのは基本的にフィクションとしての犯罪を楽しむ人が多いようで、いわゆる犯罪実話のようなものは人気がないらしい。例外的に「切り裂きジャック」ネタについては小説・映画を問わず擦り切れそうなレベルで「こすられている」が、それ以外だとあんまり思いつかない。日本では三億円事件とかグリコ・森永事件くらいだろうか。ちなみにそういった犯罪実話が好きな方には、NHKスペシャルの「未解決事件」シリーズがおすすめである。

 

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筆者はそういったネタが大好きなクチである。一つの事件の背景にある様々な人間臭い思惑や犯人を追う警察の執念など、追うものであれ追われるものであれ「人間」としての極めて根源的な部分がこれ以上ないほどにフォーカスされるところは、ノンフィクションならではの強みであろう。

 

とはいえミステリ好きに犯罪実話が刺さらないのは致し方ないとも思う。現実の事件ではカッコいい名探偵もいなければ目を見張るような密室トリックも出てこないし、犯人の動機も嫌になるくらい現実的で生々しかったりする。そんな物語を気分転換に読もうと思う人間はあまりいないだろう。仕方のないことだ。

 

そういったフィクションとノンフィクションの異なる魅力をどちらも兼ね備えた作品があれば、エンタメとしてこれ以上はない面白い読み物になるはずである。そして、実際にそういう作品を世に送り出し続けているのが月村了衛という作家である。例えば、先日出版された新シリーズの第1作『香港警察東京分室』は、まさに「フィクションの面白さ」と「ノンフィクションの迫力」を兼ね備えた無敵の傑作である。

 

 

本作はパラレルワールドの東京を舞台に、架空の警察組織「警視庁組織犯罪対策部国際犯罪対策課」(通称“分室“)の面々が活躍する警察小説である。この組織は、日本の警察と香港の警察が精鋭警官5名ずつを派遣して結成された国際捜査機関で、なぜか東京は神保町にオフィスが置かれているらしい(古本とカレーの街にそんな物騒な組織があると考えるだけでも笑えるが)。その分室のメンバーたちは香港で民主化デモを扇動して日本に亡命している元大学教授キャサリン・ユーの行方を追っていく中で、香港の犯罪組織の襲撃を受ける。なんとかキャサリンの身柄を確保し、浦安総合病院(順天堂大学病院のことかね)に搬送し体調回復を待つが、キャサリンは病院から姿を消してしまう。分室の面々はキャサリンの足取りを再び追う中で、襲撃者たちの意外な正体に気付くが、やがて分室が設置された真の目的と中国政府の思惑が浮かび上がるのだった…

 

本作もこれまでの月村作品同様に、ページから飛び出さんばかりの激しいアクションシーンが次々と繰り出されるアップテンポな警察小説である。また豊田商事事件をモデルにした『欺す衆生のように、現実の世界の出来事とシンクロさせているところも面白い。キャサリンの関わった民主化デモや犯罪組織など、作中に登場する事件や組織、人物たちのモデルが何かを考えながら読むのも楽しめる。

 

中でも本作の読みどころとなっているのが、登場する分室メンバーの描き分けである。警察小説では一つの警察署を舞台に多数のキャラクターが登場するような作品も多いが、どうしても主人公プラスその取り巻き以外のキャラクターまではしっかりと書き込まれておらず、今一つイメージが伝わってこない作品も多い。それに対して月村作品がすごいのは、10名の分室メンバーをたった315ページの小説の中でしっかりと描き分けているのである。これはとんでもない技量というべきであろう。月村了衛がノンフィクションを書いたらめちゃくちゃ面白い読み物になるのではないかと思う。「フィクションとノンフィクションの二刀流作家」というのもカッコ良さそうだし。

 

フィクションでしか描けない激しいアクションに、ノンフィクション顔負けの描き込まれた登場人物が織りなす群像劇。これで面白くないわけがない。元ネタとなっている隣国の動向と合わせて、今後の行方が気になるシリーズである。