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ミステリについて書き散らすブログ

特殊設定はシンプルかつパワフルに|須藤古都離『ゴリラ裁判の日』(2023年)

音楽のストリーミング再生が普及した昨今では「ジャケ買い」という言葉はもはや死語なのかもしれない。音楽とは基本的にCDで聴くものであった世代(筆者もその一人である)にとっては、アルバムのジャケットというのは、そのアーティストの曲を聴くかどうか、食指が動くかどうかに大いに影響を与えうるものであった。この感覚、ストリーミング全盛時代を生きるZ世代には分からないかもしれない(別にZ世代をディスりたいわけではないので悪しからず)。

 

一方で、本好きにとっては「ジャケ買い」の感覚は今でもありふれた感覚ではないか。そしてタイトルのインパクトもあれば尚更である。最近出会った第64回メフィスト賞受賞作の須藤古都離『ゴリラ裁判の日』も思わず「ジャケ買い」してしまった一冊である。

 

 

本作はニシローランドゴリラのメスであるローズが主人公の本格リーガルミステリである。ローズはゴリラでありながら特別な才能を持ち、手話を使って人間と会話をする能力を持っていた。その後、あるスタートアップ企業から提供されたグローブ型のデバイスによって手話に合わせて人間の「声」を出すことができるようになり、ローズは普通の人間同様に会話し、コミュニケーションをとることができるようになる。

やがてローズはひょんなことからアメリカ本土の動物園に移送され、他のゴリラたち(もちろん言葉を話すことができない”普通の”ゴリラである)と交わって暮らすようになる。そして動物園ゴリラグループのボスと「結婚」し、順風満帆な暮らしが続くかと思われたある日、夫ゴリラくんが動物園を訪れていた子どもを引き摺り回しているところを見つかり、「人命救助のため」という理由で射殺されてしまう。悲しみにくれるローズであるが、腕利きの弁護士との出会いなどを通じて人間と「裁判」で戦うという選択肢を選ぶことを決意し法廷に立ち向かうが、相手も名うての弁護士を差し向けてきた!果たして裁判の行方は?ローズたちに勝算はあるのか?というお話。

 

上記のあらすじの通り、一見するとトンデモ系のようなタイトルであるが、中身は極めて真っ当なリーガルミステリである。もちろん「言葉を理解するゴリラ」という設定そのものはかなりぶっ飛んだものではあるが、前半部分でゴリラたちの生態をゴリラ目線でかなり丹念に描いている(しかも有名な京大の山極壽一先生が監修されているとのこと。説得力がすごい)ため、ローズが言葉を話す設定がそれなりに飲み込めるようになっているのだ。加えて、後半の裁判の部分も「ゴリラ」という主人公およびその夫の”特殊な属性”における「人権とは何か」という思考実験になっているため、荒唐無稽な話とはならずに純粋なリーガルミステリとして楽しめる。この辺りは作者のセンスみたいなものかもしれない。

本作を読んで、昨今の「特殊設定ミステリ」について何となく感じていたモヤモヤ感の正体がわかったような気がした。何事もいじりすぎ、やりすぎは良くないのである。特殊設定はシンプルかつパワフルに。次回作も期待の新人である。