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ミステリについて書き散らすブログ

だからスワンソンを読んだ|ピーター・スワンソン『だからダスティンは死んだ』(2019年)

昔の創元推理文庫にはジャンルを示すマークがあった。本格ミステリは通称「おじさんマーク」、ハードボイルドや警察小説は拳銃マーク、そしてサスペンス・スリラーはなぜか猫マークで・・・というような話は、おじさんミステリファンが集まるとよく出るネタである。かくいう筆者もそのクチであるが、ジャンル横断的な作品が増えるにつれてマークをつけるのが難しくなったために店頭に並んでいる創元推理文庫からは消えてしまった。残念なことである。

そんなジャンルマークのうちの「猫マーク」をつけるべき現代ミステリ作家として真っ先に名前を挙げたいのがピーター・スワンソンである。すでに創元推理文庫では『そしてミランダを殺す』『ケイトが恐れるすべて』『アリスが語らないことは』の3作が邦訳されており、このミスなどでも上位にランクインするなど世評も高い。筆者は過去3作をいずれも読んでいるが、どれも一筋縄ではいかない捻った作品ばかりである。中でも『アリスが語らないことは』はここ数年のイヤミスの中でも指折りの傑作である。イヤミスがお好きという方(あんまりいないかもしれないが)は今すぐにポチることをおすすめする。

さて、本日ご紹介する最新作『だからダスティンは死んだ』も期待通りの変化球である。主人公の女性版画家ヘンリエッタは、夫ととももに越してきた街で隣人のドラモア夫妻と知り合い、隣人付き合いを始める。ある日、ドラモア夫妻の自宅に招かれたヘンリエッタは、フェンシングのトロフィーが飾られていることに気づく。これはかつてヘンリエッタがひょんなことから関心を持ちニュースをチェックしていたとある殺人事件において、犯人が持ち去ったとみなされていたものであり、しばらく様子を伺っていたヘンリエッタはドラモア夫妻の夫マシューがその犯人ではないかと疑い始める。そしてマシューの正体を明かすべく調査を続けるヘンリエッタの前に、そして読者の前に全く想定していない意外な事実が明らかにされる・・・

 

 

本作もこれまでの作品同様に本格ミステリのお作法に則って書かれたものではない。そのため犯人や作者との知恵比べといったことは不可能である。そして上記の「意外な事実」というのも、ぼんやりとは示唆されているものの必ずしもフェアに書かれているわけではない。などと書くとイマイチな凡作のように見えるが、おそらく作者の狙いはそこではない。

一般的にミステリという読み物は下記のような「起承転結」に沿ってお話が進んでいくことが多い。

 

「起:事件の発生・謎の提示」→「承:更なる事件の発生」→「転:探偵が真相解明のきっかけを掴む」→「結:真相の解明、犯人の特定」

 

黄金時代の本格ミステリでは「起」や「結」がある程度フォーマット化され、それがその後も本格ミステリのお作法となって受け継がれてきた。一方で、一部の作家は「承」においてもオリジナリティを追求し、アンドリュー・ガーヴや連城三紀彦などは「どこに連れて行かれるのか分からない」ような作品を多数残してきた。

 

この見方に沿って言えば、スワンソンは「承」に加えて「結」でもオリジナリティを出そうとしている作家なのではないだろうか。ネタバレになるのではっきりとは書けないが、前作の『アリスが語らないことは』においても衝撃的で忘れ難いラストが印象的だし、本作においてもラスト10ページくらいの展開は誰にも予測不可能だろう。探偵が犯人を捕まえてめでたしめでたし。そんなミステリは意地でも書かないという拘りすら感じてしまうのである。

 

すれっからしのマニアからミステリ初心者まで、とにかくびっくりしたい人におすすめできるミステリ界きってのファンタジスタというべき作家だろう。そんな評価が正しいのかどうかを知るためにも残りの未訳作品の紹介を俟ちたい。