Get to know Crime Novel Under Rain

ミステリについて書き散らすブログ

他人事どころじゃない|浅倉秋成『俺ではない炎上』(2022年)

昨今はニュースで炎上のニュースを聞くことが多くなった。一連のバイトテロ動画に始まり、最近の回転寿司のペロリスタに至ってはもはや過剰反応の連鎖が更なる模倣犯を生み出しているようにすら見える。まぁほとんどSNSを使っていない筆者にはあまり縁のない(あって欲しくない)話ではあるが。

 

そんなSNSでの炎上ネタをどストレートにミステリに仕立てたのが、浅倉秋成『俺ではない炎上』である。

 

www.futabasha.co.jp

 

本作の主人公泰介は大手不動産会社で営業をやっているサラリーマン。平凡ながら順風満帆な人生を送っていたが、ある日TwitterっぽいSNSの捏造と思われるアカウントにて本物の女性の殺害シーンと思われる動画が投稿され炎上したのをきっかけに、女子大生殺害事件の真犯人として実名&顔写真付きで晒されてしまう。あっという間に会社にも伝わり、程なく実物の死体が見つかり警察が正式に捜査に乗り出したことに加え、謎の人物からの警告とも読める手紙を受け取ったことから、泰介は逃亡することを決意する。その間もSNS上の炎上は止まることなく広がり続ける中、事件の黒幕・真犯人への手がかりは意外なところから現れるのだった・・・

 

本作ではSNSでの炎上の標的となった人間に襲いかかる恐怖が鮮明に描かれており、その口当たりは「怖い」の一語に尽きる。炎上が燃え広がって主人公の泰介に襲いかかることで醸し出されるサスペンスは、(火の種類は全く異なるが)エラリー・クイーンの『シャム双生児の秘密』の有名なラストを彷彿とさせる迫力がある。「とにかくページをめくる手が止まらない」ような小説を求めている人には迷わずおすすめできる作品である。一方でこの部分がこのミステリの欠点でもある。このSNSの炎上のパートが面白すぎるのだ。泰介に降りかかる恐怖の体験の方が強すぎて、ぶっちゃけ途中で犯人がどうでもよく感じられてしまうのである。とはいえ、全体を通してみればめちゃくちゃ面白い小説であることは間違いない。

 

浅倉秋成氏という作家はひょっとすると自分の身近でも起こりうるんじゃないか」と読者に思わせるようなお話の作り方が抜群にうまい人である。前作『六人の嘘つきな大学生』ではIT企業の採用選考に挑む就活生たちの心理戦というシチュエーションを舞台にしていたが、世相を切り取りながらミステリを作るテクニックは随一だろう。

そもそもミステリとは基本的にはあくまでも「他人事」として楽しむものである。ミステリを読んで「ああ、いつか俺もこんな密室トリックとアリバイトリックを駆使されて、何者かにひっそり殺されるのではないか」などと考えて不安に駆られる人はいない。読者は基本的に他人事と思っているからミステリを楽しめるわけであり、そうでなければミステリオタクはみんな頭がイカれているか、さもなくば胃痛に苛まれているはずである。

そんなミステリを読む人間が持つ無意識な「お約束」を無慈悲に打ち破り、没入感のあるミステリを作り出すのがこの作家の本質なのだろう。今後も要注目の異才である。